【悪性症候群の診断基準と治療】様々な抗精神病薬で起こる致死的な症状と対応

悪性症候群に注意

精神科で主に使用するお薬(向精神薬こうせいしんやく)で起こる重篤な副作用の1つに「悪性症候群あくせいしょうこうぐん」があります。

悪性症候群はほぼすべての向精神薬で生じる可能性があります。

生じる頻度は極めて稀ですが、適切な治療をせずに放置してしまうと命の関わることもある危険な副作用なのです。

悪性症候群とはどのような副作用なのか、詳しく解説いたします。


悪性症候群とは

悪性症候群(NMS:Neuroleptic Malignant Syndrome)は、向精神薬において起こる可能性のある副作用の1つです。

生じる頻度は極めて稀ですが、適切な治療をせずに放置してしまうと命の関わることもある危険な副作用なのです。

まず悪性症候群がどのような副作用なのかについて見ていきましょう。

悪性症候群の原因

悪性症候群が生じる原因は明確にわかっているわけではありませんが、神経伝達物質である「ドーパミン」が関係しているのは間違いないようです。

ドーパミン系に影響するお薬を服用する事によって、急激に変化する事が原因なようで、悪性症候群は向精神薬の中でも特にドーパミンに作用する「抗精神病薬」で特に生じやすいのです。

悪性症候群を起こしうるお薬

悪性症候群が発症する原因の1つに「ドーパミン」があり、ドーパミンのはたらきを抑えるお薬である抗精神病薬で多く認められる傾向があります。

抗精神病薬というのは、主に統合失調症の治療に使われるお薬の事です。

統合失調症の主な症状である幻覚や妄想などの精神症状は脳のドーパミン量が過剰になる事で生じるため、抗精神病薬はドーパミンをブロックすすることで症状をコントロールすると言えばなんとなくイメージがつきやすいかもしれません。

抗精神病薬の中でも、第一世代と言われる古い抗精神病薬ではより悪性症候群の頻度は高くなります。


<代表的な第一世代の抗精神病薬>

  • コントミン、ウインタミン(一般名:クロルプロマジン)
  • セレネース(一般名:ハロペリドール)

また、その他の向精神病薬でも頻度は極めて稀ながら悪性症候群は生じる可能性があり、精神科のお薬のほとんどで生じうる副作用であると言えます。


<その他の向精神病薬>

  • 抗うつ剤
  • 気分安定薬(躁うつ病の治療薬)
  • 抗不安薬
  • 睡眠薬

また精神に作用するお薬以外でも、ドーパミンに作用するお薬であれば悪性症候群が生じる可能性はあります。


<向精神病薬以外のお薬>

    • パーキンソン病の治療薬

パーキンソン病は脳(中脳黒質)のドーパミン量が減少する事によって生じます。そのため治療薬としては、ドーパミン製剤である「レボドパ」を投与したり、ドーパミン受容体を刺激するようなお薬を投与します。

    • 制吐剤(吐き気止め)

消化管に存在するドーパミン受容体をブロックする作用を持つものがあります。


悪性症候群によって起こる症状

悪性症候群で生じる代表的な症状にはいかのようなものがあります。

    • 高熱(38度以上)
  • 意識障害(意識がボーッとしたり、無くなったりすること)
  • 錐体外路症状(筋肉のこわばり、四肢の震えや痙攣、よだれが出たり話しずらくなる)
  • 自律神経症状(血圧が上がったり、呼吸が荒くなったり、脈が速くなったりする)
  • 横紋筋融解(筋肉が破壊されることによる筋肉痛・腎障害)

これらのすべてが必ず認められるわけではなく、いくつかが当てはまれば悪性症候群と診断されます。

悪性症候群は放置してしまうと命の関わる危険な副作用ですので、迅速で適確な診断が求められます。

悪性症候群の診断基準がいくつかありますが、アメリカ精神医学会が出版しているDSM-Vに「神経遮断薬悪性症候群診断基準」として記載されている他、Levensonらの診断基準、Popeらの診断基準、Caroffらの診断基準がよく用いられます。

診断基準はこちら

初期症状について

発熱・発汗、神経症状の発現(内容、程度)、血圧の急激な変化など自律神経系の急激な変動などが複数認められる場合には、悪性症候群
の可能性を疑っても良いかもしれません。

錐体外路症状(意図的でない身体の動き・不随意運動)は、歩くときやしゃべるとき、飲食時にあらわれます(歩きづらい、しゃべりづらいなど)。
ただし、錐体外路症状だけでは悪性症候群でなくても抗精神病薬の一般的な副作用でもあるのでこれだけでは考えすぎなこともあります。

発熱、錐体外路症状、筋肉痛を自覚したら悪性症候群のリスクを考え早めに主治医と相談して対応するのが安全です。

悪性症候群はどのような時に起こるのか

悪性症候群はドーパミンが関連することを説明しましたが、生じやすいタイミングがあります。

一般的に身体のドーパミンの量が急に増減した時に生じやすい事が知られています。

つまり、ドーパミン量に影響を与えるお薬を急に増やしたり、あるいは急に減らしたり中断してしまった時に生じやすいのです。

更に脱水などによって血液中の水分が失われ、お薬の血中濃度が急激に上昇してしまう事も発症の原因となります。

一般的にはお薬の量を減らしたり、増やしたりした1週間以内にほとんどの例では起こります。
まれに1か月以上経ってからという例もあります。

悪性症候群はどのくらいの確率で生じるのか

悪性症候群は最悪の場合、命に関わる可能性もある危険な副作用ですが、その頻度はどの程度なのでしょうか?

悪性症候群の頻度は0.07~2.2%と報告されています。

上記は古い報告ですので、古い抗精神病薬によって起こる頻度と考えられ、現在使われているような安全性の向上した向精神薬においては基本的には起こらないと考えていて良いでしょう。

しかし、注意しなければいけないのは適正な服用方法でない場合です。

例えば抗精神病薬をいきなり全部中止したりなど自己判断で中止してしまった場合は危険です。

特に、抗精神病薬(主に統合失調症など精神症状に用いるお薬)においては薬の量の調節はすこしずつ増減させることが重要でいきなり中止したりすることは問題なのです。

悪性症候群を起こさないために

悪性症候群は可能な限り発症しないよう、予防すべき副作用です。

頻度は低いものの、発症してしまった場合は命に関わる可能性もあるものだからです。

悪性症候群が起こる機序は明確には解明されていませんが、ドーパミンに影響を与えるお薬を急激に増減する事が契機になっていることは間違いありません。

つまり、急にお薬を増やしたり、あるいは急にお薬をやめたりしてしまう事は危険だということです。

精神科でお薬を処方された場合、少量から始まって、少しずつ増えていくとが多いと思います。これは悪性症候群を起こさないためでもあります。また減薬時もお薬の量は徐々に減らしていきますが、これも同じ理由です。

患者さんとしては、調子が悪い時は「早くお薬を増やして欲しい」と感じるかもしれませんし、調子が良くなってきたら「精神科のお薬なんて一刻も早くやめたい」と思うかもしれません。

しかし必要以上に焦ってお薬を増減すると、悪性症候群を引き起こす可能性がある事は知っておいて欲しいと思います。また患者さんが自己判断で急にお薬を辞めてしまうことは、悪性症候群の原因になりうるため絶対にすべきではありません。

悪性症候群は、私たち精神科医にとって最も怖い副作用のひとつです。私たちは悪性症候群を起こさないように細心の注意を払いながら抗精神薬を処方しています。

主治医の指示をしっかりと守り、お薬の増減は医師の指示のもとで少しずつ安全に行うことが悪性症候群の何より重要な予防法です。

また体調不良など何らかの理由によってお薬が飲めない事が続いた時は、自己判断で様子を見るのではなく、必ず主治医に連絡をとって服用の相談をしてください。

またお薬を適正に服用していたとしても、身体の水分が少ない状態(脱水状態)になると、血液中の水分も失われるため、お薬の血中濃度が急激に上昇します。

これも悪性症候群発症の原因となるため、向精神薬などドーパミンに作用するお薬を服用している間はとりわけしっかりと水分を摂取するよう意識しておきましょう。

悪性症候群の治療法

悪性症候群は命に関わる可能性もある副作用のため、原則として入院による治療が行われます。

基本的には対症療法(症状を落ち着かせる、症状を軽減させる)がメインで被害を最小限にやり過ごす治療になります。

悪性症候群が起こる前は基本的にゆっくりお薬を増減するのが重要ですが、いったん悪性症候群が起こってしまった場合には原因と考えられるお薬を中止します(精神症状については抗不安薬やひい場合には電気痙攣療法を検討します)。

その後、発熱を抑えるために全身を冷やします(具体的には、額や脇、大腿の付け根などを冷やし、大量に点滴をいれます)。

筋肉が壊れて、その代謝物が腎臓を破壊する可能性があるため点滴による水分補給をしっかりと行います。

脱水状態はお薬の血中濃度を上げ、悪性症候群の引き金となってしまいますし、また水分が足りないと悪性症候群による横紋筋融解症によって腎障害を引き起こし腎不全に至ってしまうのです。

悪性症候群によって筋肉のこわばりがあまりに強く出現している場合はさらなる筋肉の融解(横紋筋融解)を防ぐため、「ダントロレン」と呼ばれる筋弛緩薬を使うこともあります。

昔は、悪性症候群というと死亡率の高い副作用でした。しかし、現在では悪性症候群を引き起こすお薬も少なくなり、また生じても以前ほど重篤にならないお薬になってきているため、悪性症候群による死亡率も低下してきています。

ダントロレンの使用方法

意識障害の程度が軽い場合には内服薬で、症状が強い場合には注射薬での治療になります。

点滴・注射

ダントロレンナトリウムは初回量40mgを静脈内投与し、症状の改善具合を見ながら20mgずつ追加投与します(1日量最大は200mg)

内服

症状改善に伴い、ダントロレンの経口投与(カプセル)に切り替えます。

1回25mgまたは50mgを1日3回、2~3週間投与し、その間に抗精神薬治療を慎重に再開していきます。

抗精神病薬を再開しても悪性症候群の症状が悪化しないことを確認してからダントロレンは終了となります。

参考:悪性症候群の診断基準

悪性症候群の診断基準にはいくつかありますので、それらをご紹介いたします。

Levenson らの悪性症候群診断基準

以下の大症状の 3 項目を満たす、または大症状の 2 項目+小症状の 4 項目を満たせば確定診断

<大症状>

  1. 発熱
  2. 筋強剛
  3. 血清 CK の上昇

<小症状>

  1. 頻脈
  2. 血圧の異常
  3. 頻呼吸
  4. 意識変容
  5. 発汗過多
  6. 白血球増多

Pope らの悪性症候群診断基準

以下のうち 3 項目を満たせば確定診断

  1. 発熱(他の原因がなく、37.5℃以上)
  2. 錐体外路症状(下記症状のうち 2 つ以上)
    1. 鉛管様筋強剛
    2. 歯車現象
    3. 流延
    4. 眼球上転
    5. 後屈性斜頸
    6. 反弓緊張
    7. 咬痙
    8. 嚥下障害
    9. 舞踏用運動
    10. ジスキネジア
    11. 加速歩行
    12. 屈曲伸展姿勢
  3. 自律神経機能不全(下記症状のうち 2 つ以上)
    1. 血圧上昇(通常より拡張期血圧が 20mmHg 以上上昇)
    2. 頻脈(通常より脈拍が 30 回/分以上増加)
    3. 頻呼吸(25 回/分以上)
    4. 発汗過多
    5. 尿失禁

上記 3 項目がそろわない場合、上記 2 項目と以下の 1 項目以上が存在すれば NMS の可能性が
強い(probable NMS)

  1. 意識障害
  2. 白血球増加
  3. 血清 CK の上昇

Caroff らの悪性症候群診断基準

以下 5 項目全てを満たせば確定診断

  1. 発症の 7 日以内に抗精神病投与を受けている事(デポ剤の場合 2-4 週間以内)
  2. 38.0℃以上の発熱
  3. 筋強剛
  4. 次の中から 5 徴候
    1. 精神状態の変化
    2. 頻脈
    3. 高血圧あるいは低血圧
    4. 頻呼吸あるいは低酸素症
    5. 発汗あるいは流涎
    6. 振戦
    7. 尿失禁
    8. CK 上昇あるいはミオグロブリン尿
    9. 白血球増多
    10. 代謝性アシドーシス
  5. 他の薬剤の影響、他の全身性疾患や神経精神疾患を除外できる

DSM-Ⅳの神経遮断薬悪性症候群診断基準 (3332.92 )

  • A.神経遮断薬の使用に伴う重篤な筋強剛と体温の上昇の発現
  • B.以下の 2 つ(またはそれ以上)
    1. 発汗
    2. 嚥下困難
    3. 振戦
    4. 尿失禁
    5. 昏迷から昏睡までの範囲の意識水準の変化
    6. 無言症
    7. 頻脈
    8. 血圧の上昇または不安定化
    9. 白血球増多
    10. 筋損傷の臨床検査所見(例:CK の上昇)
  • C.基準 A および B の症状は、他の物質(例:フェンシクリジン)または神経疾患または他の一般身体疾患(例:ウィルス性脳炎)によるものではない
  • D.基準 A および B の症状は、精神疾患(例:緊張病性の特徴を伴う気分障害)ではうまく説
    明されない